Column

2014.10.31 Fri

コメンタリー: 14. 両大師橋の犬

 アルバムの終り方で好きなものは細野晴臣さんの「はらいそ」。足音を立てて去りかけた細野さんが急いで戻ってきては「次はモアベターよ!」と宣言する。
 上野の両大師橋、今は何の変哲もない橋だけど、昭和戦前に桑原甲子雄さんは自分の家の近くのこの橋でたくさんの写真を撮っている。そもそもは「一銭五厘たちの横丁」という本がきっかけだった。戦前の上野で暮らしていた人々の記念写真のその後を追うことで、その後彼らが体験する戦争と空襲の歴史を丁寧に描いて、声高に訴える部分はまったくないのに反戦の意志がしっかり伝わってくる、すばらしい本だった。その写真が桑原さんのもので、そこからご本人の写真集へと進み、犬を散歩させている子供の写真に自分の影が移り込んでいるカットに出会ったのだった(桑原さんの写真の中では、とりたてて有名ではないのかも知れない。近年出版された写真集にこの写真は収録されていない)。
 で、音楽のこと。「イチ・ロク・ニ・ゴー」という基本中の基本のコード進行と自分が一番好きなシャッフルスカのビートで曲を作るという、ある意味危険きわまりないことをやったわけだ。キセル兄と話したこともあるけど、シンプルなモノには惹かれるだけに、どんなオルタナな音楽を作るよりも難しい部分があるのだ。リズムマシンにはスカのパターンはやらせず、Roland System 100 で作った、シンセ的には一分で作れる「ピュン」音だけに電子音楽の心意気をこめて、トラックを作った。
 自分にはどうしても整理してしまうクセがあり、正しいコードの音、正しいタイミングのリズムにメロディーも演奏も押し込めてしまうところがある。本当はもっとグダグダで、自分勝手で人に迷惑もかけ、わーっと泣いたり怒ったりする気持ちを表したいのだが、できあがるとなぜか折り目正しくなっている。まあでもそこも自分なのかなあとも思う。センエツながら桑原さんの写真が好きな理由もそこだし。
 ネタをひとつばらします。エンディングのベースラインは、松永さんがリハの休憩時間などでよく弾いていたフレーズ。元は ink spots なのか何なのか、ニヤニヤしながらブルースやこういった小唄系の、楽器を始めた初日にコピーするようなフレーズをギャグとして演奏していたが、実はすごく良い音だったのだ。それを曲に折り込むという私情?をはさませてもらって、アルバムを終えました。
 先日渋谷クアトロのリリースイベントでは、スガちゃん(菅沼雄太)に言わせると「人力では無理な、中途半端なテンポ」らしいこの曲(ホメてくれてるんだと思う)に、お客さんは手拍子をしてくれました。そのビートに送られて松永さんは足音を立てて去り、えーっと、どうやって戻ってくるのでしょうか。やっぱり僕らも「次はモアベターよ」と言い続けなければならないのです、きっと。