Column

2014.07.29 Tue

コメンタリー : 5. 下北六月

ザ・スライ(アンド・ザ・ファミリーストーンの方ね)ベースライン!下北はいつでも下北、ロックの街でもこんなビートの時もある。ひと月過ぎたけどこの季節は、よく夕暮れ前に空を見る。一面に拡がった雲を見る。
アルバム制作初期の見込みでは、割とどの曲もこのような一発録りスタイルになるつもりだった。リズムボックス(ただし手作り音色がアナログ同期で加えられている)に、ベースもコードもメロも同じテイクで演奏・録音というやり方だ。実はベースラインは、曲の途中で左手から足鍵盤に移っている。
当初は一発録りだから簡単だろうと思っていたのだが、自分が思う演奏のニュアンスをクリアすることと、テイクとして人に伝わる腹の据わったものであることとのバランスを取る上で、タイミングや強弱、音符の長さといった演奏ニュアンスの部分は一発録りだからといっておろそかにしたくなかった。逆に人に伝わるふんわりした感じとか腹の据わった一期一会の感じとかは(その人その演奏の問題であって)必ずしも一発録りすれば出る、というものでもないだろうと思えてきた。
それでレコーディングの後期からは普通のダビングで作るという、ある意味逆行したやり方に戻したりした。さらにややこしいことに、そのやり方でかなりの曲を録ったあとで「やはり一発録りしよう」と思って録ったのかこの曲だった。
… などなど、「遠近(おちこち)に」の曲たちは、ふんわり録っているように見えて実はそうではない。それが良いことであったかどうかはわからないが、世にある「ふんわりしたやり方を採ればふんわりした音楽ができる」という考え方は結構ウソなんじゃないかなあと、実感として思っている。

2014.07.26 Sat

コメンタリー:4. 10時の手帖

子供の頃は体が弱かったので、よく学校を休んだ。熱を出して朝から布団に入っていると、ラジオが「まもなく朝10時、○○デパート開店の時間です」というアナウンスをしていた。タイアップの番組だったのだろう。そのデパートは僕もよく知っていて、大きな大理石の踊り場が印象的で、名前の分からないクラシックの BGM とリンクしていた。
この曲のリズムマシンは一部を除いてほとんど、音色そのものからアナログシンセで作っている。このような CR-78 的リズムマシンの音はスライや Timmy Thomas のようにアンプを鳴らしていわゆる「空気感」を持たせて録った方がミックス的にはまとまるのだが、この曲のリズムのことを考えていたらむしろ、僕とオルガンがリズムマシンの中に入り、電子回路の中で演奏しているようなイメージが膨らんでしまい、結果オルガンにリバーブがかかりリズムマシンはドライ、というミックスになった。
で、リバーブ > 踊り場 > デパート > ラジオ > 風邪で熱、という想像をたぐっていたわけだが、最近になって、僕が聴いていたラジオ番組の名前が「まるい手帖」というものだったことを知った。朝、熱でちょっとシュールになった頭に響く大きな踊り場のクラシック…曲名は、そんなとこです。
この曲の原型はかなり昔に作っていて(多分アルバム中で最も古い)’96年に一度だけエマーソンソロをバンドでやろうとしたことがあって、その時のベースも松永孝義さんにお願いした。松永さんはこの曲のブリッジ部分の転調を聴いて「へへへ〜、モンク(ジャズピアニストの Thelonious Monk)みたいな転調をやりたいんだろう〜」と、良いと言っているのかけなしているのか分からない反応をした。なぜかそのことだけをよく覚えている。

2014.07.24 Thu

コメンタリー:3. Two Friends

例えばひとつ自分のやりたい要素があったとしてその要素だけで一曲を作ってしまうのでは、今までその要素に対して積み重ねられてきたことにわざわざ自分が何かを加える意味がないし、第一自分が納得できない。そんなわけで、自分が何かを作るということは必ず何かと何かをミックスすることになる。
この曲はそんなミックスの分かりやすい例だと思う。意外にも自分では前半のメロディはアフリカンジャズだと思っている。そしてダンスホールレゲエ、Dizzy Gillespie. バニー・ウォレル… そもそも美空ひばりの「ロカビリー剣法」とか Honest Jons のコンピに出てくる Rock N Roll Calypso のようなものが好きというのもある。
ただ勘どころは「何を」ミックスするかではなく「どんな気持ちで」ミックスするかだと思う。それがないとただのマシャップだからね。僕のイメージは「良い」友だちと「悪い」友達から交互に誘われてる感じ。その揺れ揺れ感が、一番やりたかったこと。two friends っていうのは ’90 年代のダンスホールのレーベル名でもあるし。実は ’91 年に「エキゾチカ慕情」というコンピに収録され、当時のクイズ番組にも使われた僕のストーンズのカバー「Satisfaction」で元MUTE BEAT のドラマー今井くんが作ってくれたトラックへの返答の意もアリ。

2014.07.23 Wed

コメンタリー:2. 新しい約束

北村です。これから、アルバム「遠近(おちこち)に」の曲について少しずつ書いていこうと思います。もちろん、アルバムを聴いてから読んでくれた方がうれしいです。解説というより、映画の DVD についているコメンタリートラックのようなものにしたいと思ってます。
まずは2曲目「新しい約束」から。これはいわゆるジャッキーミットゥータイプのロックステディオルガンに真っ向から取り組んでみたいと思って作った曲です。僕に限らず、これは意外と難しいことです。なぜなら、僕らにとってレゲエやロックステディは音楽の一ジャンルかも知れませんが、ロックステディ時代のジャマイカのミュージシャンにとってレゲエはいろいろある音楽の中の一つではなく、むしろ、ポップス、ロック、ソウル、ムードミュージック、ジャズ、等自分達が演奏するすべての音楽を包括するものとして(もし意識したとすれば)レゲエがあったからです。僕らはある曲をレゲエ風にアレンジしますが、彼らにとっては「音楽」を作ることでしかない、そこには絶対的な差があるのです。
まあそれを突き詰めると精神論になってしまうのでもっと引き寄せて言うと、ジャッキーミットゥータイプっていうのはリズム、メロディ、アレンジ、それらに独立した特徴があるわけでなく全体で成り立っていることなので「こうすればジャッキーミットゥーになりますよ」というマニュアルはなく、また僕はそれを TR-808(ヤオヤ)と DX100 と、パストラルサウンドのグランドピアノでやろうとしているのでさらに難しかったです。
でも、これは、1989年にニュージャージーでジャッキー・ミットゥーからシャツにサインをもらった時に「僕はこの人と何かを約束したんだ」と感じたことに対する返答なので、ぜひアルバムの始めの方にこういう曲を置きたかったのです。普段から「Full Up」のようなハネ系でベースが連打するトラックが好きなので、バンドではないのだが人間がザックザックとカッティングする、その強さを常にイメージして、メロディはその中に浮かぶように。ノリに関しては自然にやっているように聞こえるとうれしいですが、実はかなり気を使っています。
ミックス中になぜかベースのことしか考えられないような状態になり(当然ベースはすべての基本なのですがそれ以上に)、ピースミュージックの AMEK の卓 EQ を延々いじりました。

(この「遠近(おちこち)に」コメンタリーのシリーズは当初「Emerson Solo」のコーナーで開始しましたが、他の記事とちょっとテンションが違うかもしれないので、「Column」のコーナーに移しました。)