Column

2020.05.31 Sun

CHASING GIANTS セルフレビュー (1) introduction -伸び縮みする時間-

mmm with エマーソン北村のアルバムCHASING GIANTSが2019年11月29日に発売されてから、半年が経った。この半年のうち後半の3ヶ月に起こったことは、みなさんと同様、このアルバムの展開にとっても予想だにしないことだった。アルバムを携えていろんな場所を訪れようと計画していた春から初夏のライブはほぼすべて中止となり、制作とツアーに明け暮れていた半年前が冗談のような、静かな日々が続いている。しかしその静けさは、一瞬のできごとが二度とは戻れない変化をもたらすような緊張感と表裏になっていて、まるで時間が伸び縮みしているような、不思議な感じの中で毎日が過ぎている。

一枚のアルバムが完成してから日が経つにつれて、その中に入っている曲たちの聴こえ方は、作っていた時とはどんどん違うものになってゆく。自分の「意図」にはなかったものが聴こえてきたり、ずっと気になっていた部分がある日ケロッと忘れられたりする。しかし今回CHASING GIANTSがたどっているリリース後の日々は、今までとはまったく違ったものだ。リリース直後の熱さとも、間隔が空いて客観的に見られるようになる日々とも違う、空白の期間。昨年あれほどの時間と労力を費やしたアルバムなのに、最近は僕に対して妙によそよそしい「そぶり」を示しているように思える時もあった。

しかし、ライブのない日々に準備運動のつもりで行ってきたいくつかの「宅録」(僕が関わる最近の作品はほとんど、自宅での録音・ミックスで作られている)作業を終えたあとで改めてCHASING GIANTSを聴き、振り返ると、いやその振り返りずらさのことを考えていると、この日々に繰り返し頭に浮かぶ様々なものごとや感情が、符合のように再びこのアルバムと結びつくのを感じる時がある。その符合を自分なりにたぐっておこうと思って、このセルフレビューを書くことにした。

アルバムで聴ける二人のデュオの特徴のひとつは「タイム感」だと思っている。曲のテンポのことはもちろん、同じ一曲という時間を共有しながら、それぞれが全く違った時間軸の上に立って演奏していることが、独特のタイム感を生み出していると思う。瞬間ごとの「今」を生きているようなmmmの歌と(自分で言うのも何だが)ずっと以前からこの先もまったく同じテンポで進むかのような僕の演奏。それがバンド演奏だと言われればそうなのだが、僕が先の見えない日々の中で感じている時間の「伸び縮み」は、こんな風にもともと、音楽が得意としていることなのだ。

そもそもポップ音楽のレコーディングというものが、数ミリ秒のタイミングの違い・数セントの音程の違いの中から「後世に残る」ものを選んでゆく作業だ。その時僕がいちばん大事にしているのは自分の「意図」ではなくて、自分の中にある「もやもや」したものを、できるだけそのまま形にすることだ。「もやもや」したものとは、言葉にならない動機と言ってもいい。どの分野でもそうだと思うが、確固とした意図が作品の隅々まで行き渡るような作り方よりも、「もやもや」だけを基準に選択を積み重ねるやり方のほうが、僕は好きだ。その方が「伸び縮みする時間」の中でより人に伝わるものを残せると思っているからだ。

CHASING GIANTSは今からちょうど一年ほど前に、ドイツ・ケルンのWEEK-END Festと、続くEUおよびUKのツアーが決まったことをきっかけとして作りはじめたアルバムだ。その意味では、大きな目標のもとに作ったというよりは、状況に急かされて進めたプロジェクトであったとも言える。しかしむしろそのために、ひとつひとつの選択にはその時々におけるmmmと僕の、言葉にならない「もやもや」が生々しく残されていて、その積み重ねがこの作品に二人の「意図」を超えた独特の色合いをもたらしていると思う。というかそうあってほしいと思っている(mmmも同様に思っていてくれたらいいなと思う。このセルフレビューは、mmmには相談せず北村一人で 書いています)。そしてその色合いには、まだまだこれから加えられるものがあるはずだ。
リリース直後では近すぎて言葉にできず、今後なされるかもしれない評価(オー ディエンスからの、また自分にとっての)は全く予想できない、この空白の「静かな日々」のうちに、書けることを書いておきたいと思っている。レコーディング時には忙しすぎて書けなかった制作日記的なことも、加えていきたい。

* * *

本来ならアルバム最初のトラックであるintroductionについて書くところが、このセルフレビュー全体のイントロダクションになってしまった。曲の方のintroductionは聴いていただければすぐわかる通り、WEEK-END Festの会場で流れる「ジングル」として制作されたものだ。僕のローランドSystem-100をいじりながら、mmmが「これ良い音」と言った瞬間にそれを録音し、あとからキーボードやTR-808のシンバルを加えた。僕は当初、このジングルをアルバムのどこかに「スキット」として入れようと思っていたが、mmmはこれを一曲目にしたいと言い、僕もしまいにはこれしかアルバムの始まり方はないように思えてきた。音源を持ってフェス前日にケルンに着くと、主催者から「このオケを使って出演者全員分のジングルを作って欲しい」と言われ、急遽観光をとりやめて、フェスの協力者でもあるネットラジオのスタジオで録音をした。だから実は、mmmの声で「Sun Ra Arkestra… 」とか「Eiko Ishibashi…」とか歌っているヴァージョンもあるのだ。mmmはすべての名前に即興でメロディをつけていった。そのどれもがひとつの曲になっていて素晴らしかったのだが、完成したファイルを日本に持ち帰るのを忘れてしまった。今もフェススタッフの誰かのパソコンにはそれが入っていると思う。

第一回だから特別に、レコーディング中には口に出さず、今でもmmmに話したことのない、あることを最後に書いておこう。
CHASING GIANTSには特に、目標としたアーティストやアルバムはない。僕自身が今の音楽スタイルの分け方にあまり興味がないというのもあるし、「エマーソン、時々mmm」というプロデューサークレジットが示すとおり、あらかじめ決められた方向にアレンジしてゆくよりも、方向性そのものを臨機応変にミックスしていった方が面白いと思っているからだ。しかし実はCHASING GIANTSの制作期間を通して、自分の頭にずっと浮かんでいたアルバム、参考にするというよりは、これの隣に置けるようなものになったらいいなというアルバムは何枚かあった。それは例えばこんなものだ。

ON THE ROCKS / EGO-WRAPPIN’ 2006
水 (D’eau) / sakana 1990
Ruth Is Stranger Than Richard / Robert Wyatt 1975
Libertango / Astor Piazzolla 1974

EGO-WRAPPIN’には演奏とアレンジで、sakanaには録音で深く関わったアルバムだから当然か。前者は15年前、後者は30年前と笑えるくらい古いが、自分の中ではこの二枚とCHASING GIANTSは一直線でつながると思っている。sakanaのアルバムとは音というよりも、アルバムの流れに対する考え方が(結果からは分からないかもしれないが)一致している。Ruth Is… は、ロバート・ワイアットが好きな方にはすぐ想像がつくと思う。長く聴いているアルバムだから、「宇宙人」のオルガンのディレイタイムなど、細部を詰める時に自然と影響が出る。ピアソラのアルバムはあまり覚えていなかったのだけどなぜか頭にあって、今これを書きながら数十年ぶりに実際に聴いてみたら、このアルバムは意外とポップに作られているところがああやはりそうだった、と思った。
しかし、僕が何を参考にして音楽を作っているかは、興味を持つ方がいらっしゃることも知りつつ言うが、どうでもいい話だ。
大事なのは「何に」影響を受けているかではなく、「どう」影響を受けているかだ。言いかえれば、自分にとって大切な「それ」を自分の中のどこにどう置くか、それをいい場所に置けるかどうかが、特に他人との共同作業である音楽ではとても重要なことだ。僕が大切なものを自分の中にどう置いているか、それはレビューの全体を通して伝わればうれしいと思っている。