Column

2020.06.13 Sat

CHASING GIANTS セルフレビュー (8) クローサー -ソクチョのつばめ-

カセットのために2018年に録音された、アルバムの中でもかなり古い曲。もともとはエマソロの曲として、というかインストにも歌の曲にもなるようにと思って僕が作った曲で、mmmとだけでなくソロライブでも演奏している。

サビの、メジャーとマイナーのコードが繋がっている部分のように、明るいとも暗いともつかない、灰色の情景が浮かんでいた。それを転調を繰り返すメロとコードにまとめて(僕はいつも、もっとシンプルにしたいと思っているのだが)、歌詞を書いてほしいとmmmに渡した。歌詞は一発でOKになって、その時から曲名は「クローサー」になったが、レコーディング時には「灰色」と呼んでいた。

この時点では、二人ともmmm with エマーソンがこの先アルバムを作ったりヨーロッパツアーをするようになるとは思っていなくて、この曲もとりあえず一曲完成させよう、という感じだったから、mmmにとってこの曲の歌詞はどちらかというと僕に「頼まれて作った」側面が強かったのではないかと思う。しかし、mmmに限ったことではないが、仕事というのは往々にして、立候補して意識的に「自分を表現」したものよりも、人に「頼まれたからやっただけ」のものの方が、素晴らしい結果を生むことがある。この曲もいい例で、単語の響きと流れの良さ、あえて古いポップソングのような情景のつづり方など、mmmの歌詞の中でもかなりの美しさを誇るものだと思う。

この歌詞をもらって間もない2018年の5月に僕は、韓国・ソクチョのフェスでソロライブをした。ソクチョは韓国の東海岸にあり、トンヘ=日本海をはさんで向こう側は富山や舞鶴だ。北朝鮮にも近く、朝鮮戦争時には北から避難してきた人も多かったと聞く。そんなソクチョの海岸でリハをしていたら、ツバメが飛んでいた。このツバメはどこから来たのだろう、はるか遠くから来たのかもしれないと思ったら、不意にこの曲の「私はツバメ、homeに導かれてゆく」という言葉が浮かんできた(例によって想像訳)。五月。homeとは家のことか故郷のことか。何ていう符合だろうと思いながら、海と空を眺めた。

その他にもこの曲には符合が多い。フェスでは「壊れたおもちゃを10セントで売っている」ようなフリーマーケットもやっていた。レスリーはかかってなかったけど。レスリー・ゴーアは1960年代から活動したUSのシンガーで、十代からポップスターとして人気を得、2000年代以降は自身の体験にもとづいたLGBTに関する発言でも広く知られた人だ(僕はシンガーとしての彼女しか知らなくて、この歌詞をもらうことで改めてその発言を知ることができた)。

インストにも歌の曲にもなる曲だが、僕が演奏する内容はソロの時もmmmと演奏する時も変わらない。僕は常にメロディを弾いているから、mmm with エマーソンの時は二人ともメロディを担当することになる。二人しかいないのにメロディ二本というのはなんだか非効率だが、「歌のバックの時は伴奏に徹します」というスマートなやり方に僕はどうも違和感があって、mmmが歌っていてもメロディを弾くのが、何というかこの曲に対する礼儀のような気がしている。

小さな音だがしっかりサンバのリズムを刻んでいるのは、PO-12というスピーカ内臓のドラムボックスを、ウチの洗面所で録ったもの。sakanaの水というアルバムに入っているレインコートという曲の、時計の音に似ているなと後から気がついた。