Column

2020.06.05 Fri

CHASING GIANTS セルフレビュー (5) 見えないゴール -繰り返しと逸れること-

2018年
04月22日 街のあいだ
06月14日 クローサー
06月16日 見えないゴール
2019年
06月05日 Week-End Fes ジングル (introduction)
07月09日 僕のともだち
08月05日 夏至
08月06日 Chasing Giants
08月14日 宇宙人
09月16日 moon river
09月20日 Astronomer

今調べたら、CHASING GIANTS収録曲の録音開始日はこのようだった。これはパソコンのファイルを作った日だから(僕はアナログのレコーディング卓で作業をしているが、音自体はパソコンに録っている)、実際に曲作りを始めたのはもちろんこれよりも前だ。

見えないゴールはmmmの2017年当時の新曲で、唯一レコーディングの前からライブでやり続けていたオリジナル曲である。他の曲は(もちろんリハーサルはしているが)レコーディングで初めて完成形を演奏するか、ひな形をライブで数回やったくらいで録音日を迎えた場合が多い。ポップ音楽のレコーディングとしては普通だと思うが、ミュージシャンとしては、新曲は何度もライブでやって上手になってから録りたいものだ。僕も演奏家としてはその気持ちはよくわかるが、それが必ずしもベストだとは思っていない。

アーティストにとって、自分がイメージしたものを「一度聴いてしまう」効果はとても大きい。それまで頭の中だけで鳴っていたものを一度現実の演奏として聴いてしまうと、二度と同じ様にはイメージを働かせることができなくなってしまう。「ライブでこなれる」ことには、良い意味も悪い意味もあるのだ。

だから、録音時には既に「でき上がっていた」この曲、見えないゴールをアルバムの他の曲と並べて聴いた時には、ちょっと収まりの悪さを感じていた。レコーディング末期の、お互いが自分をさらけ出してアイデアをふり絞っているような演奏とは違い、どこか「mmm with エマーソンって、こんなものかな」とわざわざ設定した姿に向かって演奏しているような雰囲気がある。
…と、アルバムをまとめた頃には、思っていた。しかし、今聴いてみると、どうして歌も演奏も素晴らしい。特に声には、作業が連続した時期とはまた違った伸びがある。僕についても同様で、足鍵盤を使うというアイデアの自由さとそのグルーヴ感は、2019年には出せなかったかもしれない。

曲自体も今聴くと、新しい姿が見えてくる。「見えないゴール」というキーワード自体がたまたま2020年の現実とリンクしてしまうのもあるが(ちなみにこれは、仮タイトルがそのまま正式な題名に昇格したとのこと)、歌詞の内容はそれ以上に繊細で、視覚的で、見方次第ではロマンチックだ(指の下では小人 誰かが残したダンス)。

曲の構成も一見シンプルに思えて実は不思議だ。最初から別のコード進行に向かったり、頭に戻って同じ展開が繰り返されるかと思いきや間奏になったり。特に、これまた「締め」のないまま「出る」という言葉を4回繰り返して終わるアウトロは、まるで自分の思い通りに時間が進まないSF映画みたいだ。何度も繰り返されるコードの中でベースだけが同じ音に行くのを避け、不自然なほど高い音程に到達してしまう。

繰り返すことと、逸れてしまえばもはやそれまで(必ずしも悪くない)、という両方を意識することは曲作りや演奏の本質でもあると思うし、同時に、ライブやレコーディングといったミュージシャンのプロジェクトの進め方を考える時にも、大事な要素であると思う。

* * *

ここまで読んでくれてありがとうございます。もしCHASING GIANTSがアナログ盤だったとしたら、今ここは、針がレコード中央の溝を終わりなくループしているところ、A面の終わりです。残り5曲についてもできるだけ早く、更新してゆきたいと思います。