Column

2024.01.11 Thu

COVERS 2003(13)目次と、アートワークについて

1960年代後半、流行した期間はほんの数年だったのに、今もその独特のグルーヴがたくさんの人を引きつける音楽、ロックステディ。その楽曲の中には、同時代の世界中の流行曲をジャマイカの人々の好みに合わせてアレンジした、カヴァーヴァージョンがたくさんありました。アレンジの過程で、その後のレゲエの爆発を用意するシンプルで力強いフレーズがたくさん生まれたのですが、僕がオルガン奏者として尊敬するジャッキー・ミットーは、そのようなフレーズを作ったミュージシャン達の中心人物の一人でした。

僕がエマソロというインスト(インストゥルメンタル。歌のない、器楽演奏の音楽)のソロをやっているのは、基本に彼の影響があります。彼のような音楽をやりたいというところから始まって、彼と彼の仲間が当時の世界の音楽をどう見てどう自分たちのものにしたか、それを今の自分に移してみた時に僕はどんなことができるのか、ということを考えるようになりました。2003年の時点ではだから、カヴァー曲をやることはオリジナル曲と同じくらいの意味を持っていました。オリジナルが中心になった今のエマソロにおいても、そのやり方は同じです。

この音源を再リリースしたのには、2021年のCOVID罹患以降も自分とその近い周りにいろいろあって、なかなか新作音源を発表できない中での苦肉の策という面も、正直ありました。しかし2023年の夏秋いっぱいをかけてリリースの作業をしてみると、単にアーカイブを蔵出しするのとは違った、新作をリリースする時に近い気合いが求められて、やはり、音楽をシーンに「放つ」ということにはそれなりの重さがあるなあ、と改めて思いました。音源(すべてのジャンルの作品もそうでしょう)は、完結した時とリリースされた後とで必ず違う顔を見せるものですが、意思を持って何かを世の中に出すということは、どんなに簡単なものでも、思う以上の作用を自分にも周りにも与えるものですね。それは僕は、大切なことだと思います。

COVERS 2003とオリジナル7インチとの大きな違いのひとつに、アートワークがあります。12インチレコードジャケットの大きさでは7インチのような「ハンコ」を押すことはできないので、ここは最初から異なったものにしようと思い、67531グラフィックスの高宮紀徹さんにデザインをお願いすることにして、さあ打ち合わせをしようという段階になって、自分で撮った写真を使ってもいいかな、と思いました。普段僕は、COVID以降減ったとは言え、街を目的なく歩くのが好きで、その時写真も撮ります。写真を撮る意図はまったくなく、何だか撮っておかなきゃという感じがしたら撮るというだけです。それでも高宮さんの助けを借りて何枚か選んでみて、レコード盤のレーベルにデザインしていただいたら、これが今回自分のやりたかった方向性だったんだと思うことができました。

この写真を撮ったのは大阪で、2022年の秋、ツアーの空き日に一日使って街を歩いた時のものです。本当はとことん徒歩でと思ったんですが昼過ぎから結構本降りの雨になったので、市バスに乗ることにして、バスが橋を渡っている時、窓越しにシャッターを切りました。その橋のたもとはループになっていて、窓から今しがた渡ってきた橋を見上げることができました。バスを降りた後もたくさん歩いたので、傘をさしていたのに足が冷たくなってしまった覚えがあります。

大阪の橋といえば、「大阪の橋ものがたり」という本が大好きで、実際にそれらの橋を知っているわけではないのに、よく読んでいます(東心斎橋のカレー屋さんbuttahのカウンターで見つけて、その後自分で買った)。その中に、昭和初期の本から転載されている「川口端建蔵橋」という橋の写真があって、とても美しいです。雨に濡れた橋上の路面と欄干、向こう岸には工場群があって、橋の上を自転車で渡る人はシルエットになっている。欄干の、何と呼ぶのか、鉄をSの字に曲げた装飾に僕は「弱く」て、2023年に台湾・高雄に行った時に同様の窓枠「鉄窓花」を見て歩いたんですが、(10) に写真を載せた通り、このような装飾とMoonglowのような1930年代の音楽とは何か通じてて、それで好きなのかもしれません。

以上で、COVERS 2003についてのセルフコメントは終わりです。当初リリース前に(1)をアップした時は20年前のことを話そうと思っていたのですが、リリースの後くらいから昔を振り返る気がまったくなくなって(記憶も薄れた)、今の自分が音楽作りについて考えていることがどんどん中心になっていきました。以前は音楽作品に絡めてこういう話をすること自体が好きではなかったのですが、この数年、思っていることを伝えるのに「手段を選ん」でいる場合ではないような気がしてきて、トークイベントをやったりブログを復活させたりしています。同時にこのところは、戦争をやめろ、戦争の準備をやめろ、地震で大変な方々が暮らす土地に原発を作ろうとした人は猛省しろ、といった言葉もずっと自分の中にあります。このレコードを通じて音楽をお伝えすること自体は終わりませんが、作り手の作業としてはひと区切りついたようです。今後はまたライブや、新しい音を作ることでみなさんとお会いできたらと思っています。(2024/01)

エマーソン北村ウエブサイト (column) COVERS 2003 セルフコメント 目次

(1)2003年について
(2)オリジナルリリースについて
(3)再リリースの意味
(4)カヴァーを録音するということ
(5)足鍵盤のオルガンについて
(6)マスタリングについて
(7)カヴァー曲紹介 B1 You’ll Never Find
(8)カヴァー曲紹介 B2 Polka Dots and Moonbeams
(9)カヴァー曲紹介 B3 Who Done It
(10)カヴァー曲紹介 A1 Moonglow
(11)カヴァー曲紹介 A2 Green Dolphin Street
(12)カヴァー曲紹介 A3 Ram Jam
(13)もくじと、アートワークについて(このページ)

2024.01.05 Fri

COVERS 2003(12)カヴァー曲紹介 A3 Ram Jam

COVERS 2003 A3 Ram Jam (Jackie Mittoo, C. S. Dodd)

カヴァー曲紹介も最後になり、ついにRam Jamを取り上げる時が来た。いうまでもなくジャッキー・ミットーの最も有名で、いちばんシンプルだけど一番さまざまな気分が盛り込まれている曲。MUTE BEATでの僕の先任のキーボーディスト、朝本浩文さんのユニット名にもありました。

シンプルという印象に反して、やってみると意外に難しい曲。いや、単にやるだけならシンプルなのだけど、曲を自分のものにしようとするとたくさん「?」な点が出てきて、大事なところはその間からすり抜けてしまう。例えばコード。主メロである和音と、伴奏を構成するコード進行の和音とが一致しない。不協和音ではないけれど、主メロとコード進行との費やす時間がずれていて、バンドでなら気にならないのだけど一人だと意外に悩んでしまう。COVERS 2003の僕の演奏はそこがオリジナルと違うのだけど、気がつくだろうか?ロックステディを代表すると思われているベースラインにしても、かつて一度、リロイ・シブルス(ヘプトーンズのヴォーカリストだがスタジオ・ワンのベーシストでもあり、多数の有名トラックのベースを担当してきた)がこの曲のベースラインを説明する、という夢のようなシーンに出くわしたことがあるのだが、思っていたのとは違うなんだかふんわりした話で終わって、拍子抜けしたことがある。僕はUSで活動してきたミュージシャンがするような「俺の作ったこのフレーズはこう弾くのが肝心で……」のような説明を期待していたのだと思うけど、きっと彼のミュージシャンシップはそういう部分にはないのだろう。

だからといって、レゲエが不明確なところの多い、いい加減な音楽だとは思わない。いや、不明確なところは多いのだけど、それを僕ら(元からその音楽を担っているわけではない)演奏者の都合で「ここはいい加減に」と済ませてしまっては、肝心のフレーズの「強度」はいつまでたっても生まれないのではないかな。多少面倒に思われようとも「ここのコードは何なんすかー、このリズムはどうなってるんですか?」とあくまで音楽的に自分のものにしようとすることでしか、人に伝わるものを作れるようにならないのではと思っている。それが結果的にレゲエにジャンル分けされようがされまいが。

何度かトークイベントでも話して、このセルフコメントでも(9)に登場しているJackie Mittoo at Home and Abroadという論文では、Ram Jamが1950~60年代に流行したキューバ音楽をモチーフにしたポップス曲、Poincianaをリユースしていると述べられているのだけど、PoincianaのどこがRam Jamにリユースされているのか、僕はいまだに分かっていない。多分、USのピアニストであるアーマッド・ジャマル(2023年に亡くなりました)がライヴ盤に残している演奏の冒頭部分のことではないかと思うのだけど、ただはっきりと分からなくても、Poincianaの、そして多分アーマッド・ジャマルの、柔らかいがはっきりしたグルーヴの中からさまざまな色彩が浮かんでくるような「雰囲気」は確かにミットーに受け継がれていて、そこにロックな世代の気分とシンプルさが付け加えられてRam Jamとして形をなした、と想像することもできるだろう。音楽と音楽のつながりにおいてこういう「雰囲気」は決して(コードのように)不明確なものではなくて、ちゃんと、ミュージシャンがイメージして形にできるはずのものだ……余分なことに気をとられなければ。

想像ついでに。上記の論文で僕が初めて知ったことの一つに、ジャッキー・ミットーが子供のころ学校の催しでピアノを弾いたことがあり、その時の曲は当時の映画音楽Theme From A Summer Placeだったという話がある。この曲は後にTan Tan (EddieThornton)やMUTE BEATもレパートリーにしたレゲエで最も多くカヴァーされる曲のひとつだけど、そのはるか以前にミットーが弾いていたというエピソードは、なぜか僕に強いイメージを与える。この曲やPoincianaにはなにか、目に見えるものからほんの少し先が透けているような、ちょっとだけ非現実的な感じがある。それを弾いていたミットーがミュージシャンになって生み出したのは、外でもない現実を生きる人のための音楽であるスカやロックステディ、そしてレゲエだった。だけど自分が作曲する時には、どこかで常に、昔自分が弾いたイージーリスニングのような、ちょっと非現実感な何かもいっしょに抱いていたのではないかな。ミットーの演奏を聴くと僕はいつもそんな感じがする。

2024.01.05 Fri

COVERS 2003(11)カヴァー曲紹介 A2 Green Dolphin Street

COVERS 2003 A2 Green Dolphin Street (Bronislaw Kaper-Ned Washington)

たぶん収録曲の中で一番有名な曲だと思うが、僕にとっては一番なじみのない曲だった……僕はメインストリームのジャズを実践する場にいたことがまったくなくて、このような曲を人から教えてもらうといった、普通のミュージシャンなら若いうちに経験するはずのことが、すっぽり抜けていたりする。音源を聴いても、慣れないジャズ的な表現に苦しんでいるのか、たどたどしいところがたくさんある。ただ、有名曲という認識がなかっただけでこの曲をやりたくなかったわけではなく、むしろ「良いマテリアルを見つけたぜ!」と一人で喜んでいた。そんな経緯やドラムのフレーズ(まただ)などからして多分、COVERS 2003の全体を通して最も1990年代感をかもし出しているトラックなのではないかと思う。でもライブでは喜んでくれる方が多い。自分が気になるポイントというのはいつも、単に自意識のなせるものだからなあ……

とにかく、どうやってGreen Dolphin Streetを見つけたかというと、Lou Bennettというオルガンプレイヤーのアルバムでだった。USで活動した後フランスに渡り、そのままずっとヨーロッパで演奏し続けた人だそうだ。改めて彼のレコードを聴いてみると、僕がやっていることはグルーヴが違っているだけで、かなり「そのまま」だ。彼の演奏は音色がいいです。機材的な話で恐縮だが、オルガンといえば回転スピーカ(レズリースピーカという)を使って熱くステレオワイドに拡がる音、というのが最も「らしい」演奏とされているけど、僕にはあまり興味がない。この演奏のようにほとんどスピーカを「回さない」素のような音にむしろグルーヴが感じられて、とても好みだ。1990年代の日本で1960年代のオルガンジャズを再評価する動きがあり、僕も一時期だけ結構マニアックにレコードを買った。そのマニア心が行き着いて取り上げた一曲、と思っていただけたらありがたいです。

Lou Bennett – AMEN (1960)

2024.01.05 Fri

COVERS 2003(10)カヴァー曲紹介 A1 Moonglow

COVERS 2003 A1 Moonglow (Will Hudson-Eddie DeLange-Irving Mills)

オリジナルの7インチでもCOVERS 2003でも冒頭のトラックとなったこの曲が、一番、カヴァー元と自分のヴァージョンの距離があるかもしれない。僕がこの曲を始めて聴いたのは1970年代にいたるところに存在した「魅惑のスクリーンミュージック」的なLPの一枚で、「ピクニック」という映画のサウンドトラックとしてだった(映画は観たことがない)。熱を出して学校を休んだ昼などによく聴いていたのだけど、ゴージャスな(と当時は思った)映画音楽が並ぶ中でこの曲になると急に音にスキマができて、そのツーンとした雰囲気が好きだった。後になって、この曲は映画よりさらに以前、スイングジャズの時代に作られたということを知った。

この曲をスタンダードにしたのは何といってもベニー・グッドマンの演奏によるだろう。僕は特に、彼がテディ・ウィルソンとジーン・クルーパのトリオにライオネル・ハンプトンを加えて録音したスモール・グループの音源が好きだ。このグループはメインであるビッグバンドの幕間用編成にもかかわらず「進んだ」バンドであった、というのがジャズ界での評価らしい。僕の感覚で聴くと、このバンドの人間関係はすごく今のロックバンドに近かったのではないかと想像してしまう。パッと聴きは調和していて優美なのに、いつもどこか緊張をはらんでいる。四人という数も絶妙。そして僕がとにかく好きなライオネル・ハンプトンのヴィブラフォンが素晴らしい。

ベニー・グッドマンのヴァージョンと僕のヴァージョンの間には、それらとは全然似ていない、でもこれも素晴らしいヴァージョンが挟まっている。1960年代に盛り上がったグルーヴィなオルガンジャズのプレイヤー、ジミー・マグリフの演奏だ。踊るための音楽で、ジュークボックスでかけられることを前提としたレコードを数多く作ったGroove Merchantというレーベルのアーティストの中でも、オルガンという楽器を一番上手に活かした人。もちろんリズムはファンクなのだけど、コード進行のアレンジが他にはない四度シャープから半音ずつ降りてゆく(階名で読むとファ#→ファ→ミ→レ……)、それだけを取り出すと静謐とも言える進行で、これと強いグルーヴを組み合わせるというアイデアは、僕もしっかり影響を受けている。数ある音楽スタイルの中で「何を」やるかということは僕にとってはあまり大事でなくて、スタイルを構成する音楽要素にまでさかのぼった時にそれを「どう」表すか、にアレンジの面白さはあると思っている。大抵こんがらがってしまうけど。

ドラムボックスのフレーズは込み入ったオルガンのアレンジとは逆に、はっきりとRhythm & Sound的なダブ・テクノの影響が分かる。やっぱり時代感がここに現れている。冒頭からずっと聴こえる低い音は、ローランドのSystem 100というシンセ。もう40数年使っている。