Column

2023.12.31 Sun

COVERS 2003(9)カヴァー曲紹介 B3 Who Done It

COVERS 2003 B3 (デジタルでは6曲目) Who Done It (Jackie Mittoo, C. S. Dodd)

この曲は2003年に7インチでリリースされた時にはMidnight Confessionというタイトルがついていた。今回それを修正して、Who Done Itとした。そのいきさつはこんなことだ。

Midnight ConfessionはU Brownが歌ったダンスホールチューンで、Trojan Dancehall Box SetというコンピレーションCDに入っていた。そのリズムトラックは実はジャッキー・ミットーのWho Done Itというインスト曲で、彼のファーストアルバムIn Londonにも入っているから聴いたことはあったのだけど、トラックの常としてテンポもサウンドも違うものになっていたのでつい気がつかず、歌(というかDJ=トースティング)のタイトルであるMidnight Confessionをそのまま僕のヴァージョンにも使った。後からあれはミットーのインスト曲だったと気づいて、機会があったら直さなければとずっと思っていた。誰がどのリディム(リズムトラック)を使ってそのオリジナルは何か、詳しい方がたくさんいるのだけど、僕はどうもこの問題になると何だか認識の裂け目にはまったようになって頭がぼんやりしてしまう。申し訳ないです……

ところでミットーのWho Done Itにもオリジナルというか「リユース元」があって、それはUSのサックス奏者でプロデューサーのMonk Higginsが作ったWho-Dun-It?というインスト曲だ。元曲が1966年にリリースされ、ミットーとスタジオワンのミュージシャンが自分たちのヴァージョンを発表するのが67年。当然ながらネットもなく輸入レコードだけが唯一のアメリカ音楽の情報源だった時代に、このリアクションの速さと的確さは何だろう。元曲もソウルジャズというかブルージーで踊れるいい曲なのだけど、ミットー達のヴァージョンは、余分な音のなさ、各パート間のタイミングの妙、そしてサックスを置き換えたオルガンのカッコよさにおいて、作曲者の名義を主張できるだけのオリジナリティを持っている。ひとことで言うとミットー達は、ループを演奏することの意識において、当時のUSのミュージシャンよりもはるかに現代に近いところにいると思う。

曲名問題を調べているうち、ジャッキー・ミットーについての論文があることをネットで見つけた。カレン・サイラスという方がカナダ・トロントのヨーク大学で書いたものとのこと

Jackie Mittoo At Home and Abroad: The Cultural and Musical Negotiations of a Jamaican Canadian
https://yorkspace.library.yorku.ca/xmlui/handle/10315/30656

僕の英語力はゆ〜っくり辞書を引きながら読めば大体の文意が想像できる程度なので、よっぽど時間がなければ読めないだろうと思っていたところ、2021年の夏にCOVIDになってしばらく寝こむ日々が続いたので、その機会に全部ではないけれど読んでみた。音楽論の前提となるミットーのバイオグラフィーがまず面白くて、今まで知らないことがたくさんあって、昨年今年のトークでは随分使わせてもらった。

この論文では、外からの文化が元の文化と出会う時、お互いに変化を与え・与えられながら担い手にとって自分達のものとなってゆく過程を丁寧に分析していて、楽曲の「リユース」についても、その過程で用いられる文化の担い手側の「戦略」のひとつとして論じられている。Who-Dun-It?→Who Done Itはその具体例として取り上げられていた。ミットー自身の生まれ育ちとその時代のジャマイカ(後には移住したカナダ・トロント)の社会や文化がどんな風に関わって彼の音楽となり、それがまた音楽シーンに影響を与えてゆくことになったか、バイオグラフィー上のエピソードの面白さとともに、いろんなことに考えをめぐらすことのできる論文だった。

僕のヴァージョン独自のアレンジであるドラムボックスのフレーズについて、どうしてこうしたかったんだったっけとデータを探していたら、ニューヨークのハウス・アーティストであるMasters at Workのサンプリングなどを試しているのを見つけた。僕にとってはニューヨリカン・ソウルとしての方がなじみのある人たち。その頃僕は結構いろいろなものをサンプリングしていて、後にいうトラックメーキングの練習などをしていたようだが、今日、デモを発見するまですっかり忘れていた。ある時これは自分には無理だと気がついて、その後はドラムボックスの音だけで演奏する安心感の方に進んだのだけど、二十年前の僕は、今よりまっしぐらに「クラブミュージック」寄りだったのだなあ。その後の僕の進み方、どうなんだろ。

Who Done Itも入っているミットーのコンピレーション、Tribute To Jackie Mittooの裏表紙。いいですね。

2023.12.28 Thu

COVERS 2003(8)カヴァー曲紹介 B2 Polka Dots and Moonbeams

B2 (デジタルでは5曲目) Polka Dots and Moonbeams (Jimmy Van Heusen-Johnny Burke)

1920~40年代のジャズが好きになったきっかけは、何だったかな。パンクの時代にロックンロールのはじまりを探すみたいな話題があって、ルイ・ジョーダンらのジャンプジャズや映画「ストーミー・ウェザー」のニコラス・ブラザーズのダンスがプリミティブを求める気分にぴったりだった時もあったけど、さらに思い出すと子供の頃にTVか何かで「グレン・ミラー物語」をそれと知らず観ていた気もするし、それを言うなら3才にも満たない頃に観ていた「トムとジェリー」は今思うと’40年代ビッグバンドのアレンジにあふれていて、そんな子供にしてもスピード感のあるリズムとちょっと怖い時もある和音が強く印象に残ったし、実際後から調べたら劇中でトムが”Is You Is or Is You Ain’t My Baby”(ルイ・ジョーダン。ただし演奏は別)を歌うシーンもあったり、とにかく意外とマニアックにならずに、モダンジャズ以前のジャズに触れる機会はその年代の子供にはあったのだ。

COVERS 2003の頃は僕のそんな好みがさらに拡がって、ジャンプジャズなどからさらに、室内楽的なビッグバンドへと興味が向いていた時期だった。そして見つけたのがクロード・ソーンヒル楽団で、ヴォーカルグループをフィーチャーした”There’s A Small Hotel”も好きだったけど、イントロから和声のアレンジがすごかったのでこれをオルガン一台でできないかと思い、Polka Dots and Moonbeamsをカヴァーすることにした。

和声に加えてやりたかったこととして、リズムはとてもオーソドックスな、電子オルガンのリズムボックスに入っているようなリズムを使った。今もエマソロで多用するこのようなドラムボックスのリズムの妙な「安心感」って、何なんだろう。もはや自分に近すぎでその意味を思い出すことすらできない。ただしこの曲だけで使っている要素もあって、シンセで作ってTR-808に加えているリズムの音で目指したかった雰囲気は、ずばり、YMOの「シムーン」だ。ある年代の人には近すぎて意識できないのだけど、やはりエマソロにはYMOの影響があるのだと思う。

自分のオルガンではすっかり音数が減ってしょぼくなってしまったイントロを始めとする原曲のアレンジは、当時同バンドのアレンジャーをしていたギル・エヴァンスによるもの。後にマイルス・デイヴィスとのコラボレーションで有名になるあの人だ。最近きっかけがあってまた彼のアルバム「The Individualism of …」を聴いているのだけど、和声とリズムの両面においてとことん「にじみ」を追求したんだなあとつくづく思う。彼の表現方法は譜面を書くことだからアドリブ中心のジャズにおいてはパフォーマーとは違った立場で受け取られることもあるようだけど、単音の楽器で即興的にメロディを作るということとは違った「瞬間」の表わし方がジャズ(やそれ以外の音楽)にはあるのだということを、彼の音楽から気づくことができると思う。

今年行ったCOVERS 2003発売にまつわるエマソロライヴでは、気に入ってくださる方の多い曲でもあった。

“Polka Dots and Moonbeams”が入っているアルバムではないのだけど、アートワークが良かったので。

2023.12.28 Thu

COVERS 2003(7)カヴァー曲紹介 B1 You’ll Never Find

B1 (デジタルでは4曲目) You’ll Never Find (Kenneth Gamble, Leon A. Huff)

JAGATARAのベーシストで尊敬する友達でもあったNABEちゃんが「俺はねえ、初めて買ったLPは必ずB面からかけるんだよ〜」と言っていたのにならって、ヴァイナルをまとめる作業はいつもB面から始めることにしている。なのでカヴァーの元曲を紹介するのもこのトラックから。

COVERS 2003には、ジャッキー・ミットーのような演奏をストレートにやりたいと思って選んだ曲と、表面上はレゲエでなくても姿勢は彼らのやり方にのっとってやろうとした曲との2タイプが、ちょうど半分ずつ収録されている。この曲はあきらかに前者で、ジャッキー・ミットーのアルバムThe Keyboard Kingで僕がはじめて聴いたこの曲のアレンジをお手本にしている。

ミットーのトラックそのものがカヴァーで、オリジナルはギャンブル・ハフのソングライティングチームが作曲してルー・ロウルズが歌ったソウル・チューン、1976年のYou’ll Never Find Another Love like Mineだ。ミットーのヴァージョンは、レゲエシンガーのJohn Holtによるカヴァーのためにバニー・リーのプロダクションで彼達が演奏した音源から、レゲエではしごく普通のことだけど、リズムトラックだけを再使用して自分のオルガンを重ねている(ヴォーカルもダブ要素として登場している)。つまり僕のトラックは、USで制作されたソウル→のレゲエシンガーのカヴァー→のオルガンヴァージョン→をカヴァーした、四代目?のヴァージョンとなる。

この曲をとりあげようと思った理由は、その「レゲエらしくないのにレゲエ以外の何物でもない」グルーヴだ。スライ・ダンバーのシンコペーションばかりのドラムフレーズと、ロビー・シェイクスピアの、コードのメジャー7th音(コードのルートからドレミファソラシと数えたときのシ)から始まるベースラインという、普通なら避けるべきことだらけの演奏なのに、全体としては見事に成り立っている不思議なリズムアレンジ。しかもそのリズム・コード共にモヤがかかったような雰囲気から生まれるグルーヴは強くしなやかで、原曲のフィリー・ソウルよりもバネがある。ジャッキー・ミットーのオルガンも、それだけを取り出して聴けばまったくイージーリスニングというか、この時代によくあるポップスのオルガン演奏なのに、リズム隊と一緒になるとたちまちグルーヴを発揮する。このオルガンと他のオルガンの違いは何なのか、2000年代ならば「音色」と答える人もあっただろうが僕はそう思わない。伸ばす音と短く切る音の配置とタイミング、そして原曲の歌のようなそうでないような微妙なメロディ、つまりはジャッキー・ミットー自身の「音符」そのものが、ドラムアンドベースと一緒になった時に他にはないグルーヴを生み出しているのだ。おそらく全員が同時代のUSのソウルやファンクの演奏をタイムラグなしで身につけているはず。そこから出てくるファンクのエッセンスが、ワンドロップなどひとつもないのにレゲエでしかないグルーヴを感じさせるということが、ヒップホップも4つ打ちもなかった時代の十六分音符の演奏の凄みと幅広さを表わしている。

この雰囲気を何とか自分のものにしたい、という極めてストレートな気持ちで取り組んだのだけど、やり方がストレートすぎて、足鍵盤とメロディの音域が重なっても気にしてなかったり、普通ならもっと分かりやすくすべき工夫をまったくしなかったので、聴こえてくる演奏はまったくストレートではなくなってしまった。リズムマシンTR-808のフレーズだけは少し整理しているのだけど、その方向性には僕の1980年代ニューウエーブから1990年代にかけての感覚がうかがわれる。この傾向はCOVERS 2003の全体にあって、収録曲のアレンジから「時代感」を感じるとしたらまず打ち込みドラムのパターン(だけ)ではないかと思う。ドラムのフレーズというものはそういう風に手がかりとされがちなので、ちょっと可哀想だ。それなら、大好きなピューンというシンドラも入れておけばよかった。

ヴァイナルのマスタリングでは、とにかくキックに注目して全体の感じを決めていった。強く、しかし、ローエンドが出すぎて重くならないように。重さは足鍵盤に担当させて、バネを持って音楽を進めてくれるように。イントロの二発のキックとシンバルだけで(TR-808ではこういうイントロが作れる)、続くB面のすべての音をうまく導いてくれるようにと願って作った。

Jackie Mittoo The Keyboard King
https://www.discogs.com/release/2388181-Jackie-Mitto-The-Keyboard-King