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2020.06.13 Sat

CHASING GIANTS セルフレビュー (7) Astronomer -高速道路の天文学者-

mmmのソロには、ギターで弾き語りをするスタイルの他に、シンセを使ったエレクトロニックなライブもある。これがなかなか良くて、mmm with エマーソンでもその要素を生かして何かできないかなと思っていた。Astronomerを録音したのはレコーディングも押し詰まった頃で、このスタイルでのやり方にはまだまだ改良の余地があったかもしれないが、僕が勝手に「B面」と考えているこのアルバムの「夏至」以降の流れにおいて、この曲は大事な位置を占めている。

東京のバンドが大阪でライブをして宿泊せずに東京に戻る「夜走り」の行程をとる場合、車が大阪を出て京都を過ぎ、滋賀県と三重県の県境あたりに来るころ、不思議な時間が訪れる。ライブと打ち上げで浮かれた気持ちは次第に静まり、窓の外の暗闇はどんどん深くなって、星の数が増えてゆく。そんな(運転手以外は)ちょっと非現実的な時間にひたっていると、現れるのだ、巨人が。山あいに、暗くて大きな一つ目がこちらを見ている。というのはもちろん錯覚で、その正体は巨大な送電線の鉄塔なのだが、現れる角度と点滅する照明が、ちょうどCHASING GIANTSのカヴァーに使ったルドンの絵にそっくりなのだ。

その日僕とライブを終えたあるアーティストも、この抽象的な時間に引き込まれているようだった。ただし彼女の場合は大阪で飲んだアルコールの量が半端なかったらしく、三重県に入ってもゴキゲンな勢いは全く衰えなかった。巨人どころか彼女の頭には銀河がひろがっているらしく、体をぐらぐらさせながら窓の外を眺めては、「うわーなにこれー星いっぱーい!キレイー!」と叫び続け、それは車が名古屋の手前にさしかかるまで何時間も続いた。その時思いついたのが「酔っ払いの天文学者」という言葉だった。ジェフ・マルダーが僕の好きな1920年代のトランペッター、ビックス・バイダーベックの曲をカヴァーしたアルバムがあって、そのタイトルがPrivate Astronomyというのをどこかで覚えていたのだと思う。

その次にmmm with エマーソンで大阪に行ったのは、フリースペース&CDショップHOPKENの閉店イベントだった。エマーソンもmmmもお店の初期からお世話になった、ポリシーのある素晴らしいスペース。閉店イベント自体もすばらしいもので(記録はこちら)、たくさんのアーティストがいい演奏をした。ライブが終わってお店が閉まってもホテルに戻る気がしなかったので、ライブで会った電子音楽家YPYやその周りの人々と、夜中の大阪の街をぶらっと遊んだ。コンビニの駐車場から通りの向こうを眺めると、ここにも巨人が隠れていそうな暗闇があった。西成だ。深夜までいろいろな話をしてホテルに戻ると夜が明けかけていて、空は青とも赤ともつかない、見たことのない色をしていた。ちょうど今から一年前、2019年6月のことだ。

さらに話は飛ぶ。昨年10月にライブで訪れたケルンで、現地のレコード店a-musikをやっているフランクさんからNoise of Cologneという、同地での実験音楽や電子音楽の歴史をたぐるコンピレーションCDをいただいた。内容も良かったが、カヴァーに使われている、我々のイメージするケルンとはまた違った日常そのままの「退屈」な風景を切り取った写真も印象に残った。ライナーノーツもどこか「俺らの街」を拠りどころにしているようで、本来は地理や歴史の括りから自由になるために生まれた実験音楽や電子音楽が、ケルンでも大阪でもこんな風にローカルに存在していることに、僕もなんだか愛着のようなものを感じた。

Astronomerについてはもうひとつ、プロデュースとミックスがmmmだということを強調しておきたい。僕のリーディングのディレクションも彼女が担当している。「普通に話しているままの声でやるように」と言われたので、エマソロでのこのタイプの曲よりも、僕の声は柔らかく録れている。ミックスも、アナログミキサーの基本をざっと説明したら、30分後にはもう使えていた。mmmにはたくさんアナログ卓を使って作品を作ってほしい。