Column

2017.01.15 Sun

セルフプレビュー5「リメンバー」

リメンバー (Remember) はエマソロのカバー中最も古くから演奏していた曲のひとつで、「ロックンロールのはじまりは」収録曲の中では唯一2016年に制作されたものではなく、2009年から2010年にかけて録音されていたのに「遠近(おちこち)に」には収録曲のバランス上から収録されなかったといういきさつを持つ曲だ。
 
僕が初めてこの曲に出会ったのはジャズピアニスト、セロニアス・モンクの「Alone in San Francisco」。このアルバムで聴けるピアノの音が世の中のピアノの音の中で一番好きだと思うくらい僕にとって大事な演奏だ。作曲したのはアーヴィング・バーリン。1910年代から40年代にかけてアメリカらしい素敵なポピュラーソングをたくさん書いた作曲家だ。彼の曲は明快で機転が利いていて、その明快さはロシアからの移民である彼が他の移民達とコミュニケートする上で必要な明快さと同じものであり、機転の方は逆に僕の印象では多分彼のルーツの音楽=クレヅマと通じているのではないかと思う。僕らがいいなあと思う「アメリカらしさ」とはこのような移民達が築いてきたものであることは間違いないのだ。
 
ただしエマソロがカバーするとなると、ただのカバーでは終わらない。意図しているのではなくて、曲のことを思っているうちにいろんな想像が入り込んできて、それをミックスしてしまうからだ。まずリズム。なんといってもリズム。12/8拍子だがトリッキーにしたかったのではなく、ずばり、シモン・ディアスの「Tonada De Luna Llena」のようにしたかったのだ。僕はこの曲をカエターノ・ヴェローゾ『Fina Estampa』のヴァージョンで知った。このような、一期一会系のものにしたかったのだ。だけど僕はトレスも何も弾けない。ならばいっそのこと、これをアナログシンセのプログラミングでやってみようと思い立った。
 
アナログシンセのプログラミングというのは、MIDIなどデジタルで音楽を自動演奏する方法がなかった時代、シンセサイザーとアナログシーケンサーによる幾パートもの自動演奏をテープ上で同期させて多重録音してゆく方法のこと。その基本的な考え方というのは例えば、一曲を演奏するために鳴らされるすべての音は、音程を縦軸、時間を横軸とするグラフに収めることができるということだ。逆に、どの軸にどの音が鳴るかをあらかじめ設定してしまえば、実時間の頭から終わりまでを順番に演奏するかわりに、時間軸上のどこからでも曲を作っていける。絵をいくつかの版に分けて一色ずつ刷ってゆく版画に似ているかもしれない。ただしデジタルの「打ち込み」とは違って、アナログのプログラミングは膨大な作業を必要とする。せっかくだから、その工程を書いておくと:
 
(1)まずアレンジをして、一曲のなかで鳴るすべての音のタイミングと音程を決める。頭で覚えても良いが譜面を書く方がラクだ。
(2)マスターとなる時間軸を作る。僕の場合は TR-808(音は鳴っていないのにこんなところでも活躍している)の音で最小単位の音符(一小節を24分割している)を連打させ、録音する(録音自体はパソコンで行っている)。これには音程の情報はなく、クリック音がカカカカカカカと言っているだけである。
(3)僕のアナログシーケンサは一度に最大8音分のプログラミングしかできない。一小節が24に分割されているとしたら例えば、最小単位8個分のフレーズを3回ループさせる、6音のフレーズを4回ループさせる、最小単位2個分の長さで6音のフレーズを2回ループさせる、、などのことができる。休符も作れるからリズムを生み出すことができる。また例えば最小単位2個分のタイミングをつくるためには、808のクリックを半分に間引いたものを作る。
(4)このようにして、最小単位3個分、4個分、6個分で音を演奏するフレーズの、発音タイミングだけの情報は作れた。それぞれを同じ時間軸の中で別々にループさせたら、ポリリズムが生まれる。例えば最小単位4個分のリズムは一小節を6つに分割するから、3拍子2回分のフレーズにも聴こえるし、4拍子の中で付点8分音符が演奏されているようにも聴こえる。逆に最小単位3個分のリズムは4拍子にも聴こえるし、3拍子のウラに入っているフレーズのようにも聴こえる。最小単位6個分の音符はそれらの公倍数だから、オンのリズムを担当する。
(5)次は音程について。一度のプログラムではひとつの発音タイミングに対して一つの音程しか設定できない(音程は、シーケンサーのつまみで電圧を与えて設定する。鍵盤は、まれにしか使わない)から、曲に登場するひとつのコードのフレーズを作り、それを一曲通して録音したら、次のコードのフレーズをプログラミングして一曲通して録音する…という作業を、コードの数の分だけ繰り返して行う。コードの共通音を多用したフレーズの方が、作業はラクになる。
(6)(5)の作業を(4)の各リズムパートのそれぞれについて、繰り返しプログラミングしては録音する。
 
… 以上、ご苦労様でした。そしてなぜそんなことをしたかだが、もちろんシンセの先人達を尊敬してというのはあるが、2009年の時点でのその理由は、レイ・ハラカミくんだった。生前にはあまり言う機会がなかったが、大好きなアーティストなのだ。彼がMIDIでコツコツとプログラムするなら、僕はアナログシンセでやってみようというわけだ。やってみて思ったことは、このようにノンリニアに(実時間に沿わずに)音楽を作ると、よりベースの大切さが実感されてくるということだった。そういえば京都KBSホールでハラカミくんのライブを観たときも、この人の音楽にベースはとても大切なんだと感じたなあ。
 
こうやってできた「リメンバー」を聴いてくれた人(TUCKER)から、ヨーロッパの昔の音楽みたいだという感想をもらった。伴奏トラックの話ばかりで忘れていたが、メロディーのオルガンについては、昔から好きなスウェーデンのSagor&Swingの影響があるが(エマソロの全般が彼らの影響下にある)、もしその感想が、アーヴィング・バーリンの、ルーツの感覚を伝えられたね、という意味であったら、これ以上嬉しいことはない。そしてなぜこの曲を「遠近(おちこち)に」収録曲から落とし、「ロックンロールのはじまりは」に収録したのか、自分でも「勘で」としか言いようがないのだが、そのことも活かされていたらありがたいなと思う。これは「ロックンロールのはじまりは」の「裏の推し曲」だから。
 
monk