Column

2023.11.09 Thu

COVERS 2003(6)マスタリングについて

先日、敦賀でのエマソロイベントで、COVERS 2003 の発売以来、最もハラハラする瞬間があった。
地元のDJチームの方が、二十年前から持っていたオリジナルの7インチと購入されたばかりの COVERS 2003 とを二台のターンテーブルに乗せて、その音質を聴き比べるという場面に出くわしたのだ。まさにこんな機会もあろうかと、この夏はカッティングエンジニアさんと何度もやりとりしてきたのだ、とひそかに思いながら、一方で、再発の方が音が悪かったらどうしようと不安でもあった。結果は、思ったとおりでもあり、意外でもあり……でもマスタリングされた作品の音というのはそれで良くて、むしろ「思った通り」だけではつまらないと考えている。そのことはこの欄の最後に書きたい。とにかく yoiyoi クルーの皆様、ありがとうございました!

COVERS 2003 のマスタリングを行うにあたって、最近ではすっかりやらなくなった作業から始めることになった。マスターテープを探すことだ。ハードディスクではなく物理的に家の中でものを探すという行動自体が久しぶりだった。そして、当時の DAT テープを発見した(写真)。見たことのない人も多いと思う。カセットテープの7割くらいの大きさで、テープだけどデジタルデータを記録している。

しかし結局、このテープを今回の元音源とすることはできなかった。家にもカッティングをお願いした工場にも、DAT を安全に再生できるプレイヤーがなかったのだ。再生できないというよりも、テープが機械の内部で絡まって切れてしまうような危険性を考えると、テープをかけること自体が一種の賭けになってしまうからだ。結局、このテープをハードディスクにコピーしておいた、2003年当時のデータを今回のマスター音源にすることにした。しかし問題はそれだけではなかった。当時のDTMソフトによってレコーディングされたデータのフォーマットが現在多く通用しているものとは違っていて、単に音を聴くためのだけに、コンピュータ関係のサイトをあちこち調べまわらなければならなかった。たった二十年前の20数分の作品を聴くまでに、予想外に長い時間がかかってしまった。

そうして入稿した音源のデータを、レコードと配信、それぞれのマスターにする作業が待っている。今回はフィジカルとデジタルのリリースを同時に行ったのだけど、それぞれのマスタリングに対する考え方は、あえて違ったものにしようと思っていた。

まずレコード。レコードのマスタリングというのはカッティングと同義で、レコードをプレスする元となる「原盤」に文字通り音の溝を切ってゆく工程のこと。2003年のオリジナル7インチは、Exchange という当時のDJ界隈で注目されていた海外のカッティング工場でマスタリングされた。実は僕は最近までそのことを知らなくて、人に教えられて改めて7インチの盤面を見てみると、確かに盤の隅っこに「exchange」という、落書きのような文字が掘られていた(教えてくれた高松のふじたさん、ありがとうございました。僕はなんて無頓着なんだ)。今回どこにカッティング・プレスをお願いするかは、決めていた。mmm とのアルバム CHASING GIANTS を作った際、使用するプリマスタリング音源をどれにするかという段階から相談に乗ってくださったエンジニアさんとぜひ今回も一緒にやりたかったので、川崎の古くからある会社にカッティング・プレスをお願いした。

レコードのカッティングというのは、依頼する度に痛感するけれど、本当に幅広い音が作れるものだ。そして、盤に溝を切るという物理的な作業から生まれる音の変化は、デジタルのように一つのパラメータで一つの音が変わるようなものでなく、一つの要素が音質・音量の全体に常に影響を与えながら曲の印象を形作ってゆく、よりダイナミックで複雑な過程だ。
ここで大事なのがエンジニアさんとのやりとりの仕方だ。ある一点だけを変えてもらおうと思って伝えても、それによって全体が変わるかも知れないということを理解しておかないと、「変えないほうが良かった」ということになりかねない。逆に、変えてほしい点に根拠があるのなら、デジタルのように細かく注文するよりも、ざっくりした表現で伝えた方が、先方により良く意図が伝わるかもしれない。
そして一番大事なのは、カッティングエンジニアさんが作った音を理解し、尊重することだと思う。
海外にカッティングを発注した場合、最初に戻ってくるテストプレスは、こちらの意図と違う部分もあるし部分的に歪んでる場合もあるのだけど、なんだか、エンジニアさんがノリノリでカッティングしてくれたなという雰囲気がその音から伝わってくる時があって面白い。今回は日本語で丁寧にやりとりしたかったから川崎の会社にお願いしたけれど、やりとりの大半は作ってくれた音を変えることではなく、いかに良い部分を残しながら必要な部分だけを変えてもらうかに費やした。例えば A面1曲目の Moonglow は、先方が最初にテストカットしてもらったものを何も変えずに採用している。やはりヴァイナルのカッティングにもセッションのようにテイクがあって、テイク1が一番良いというのはここでも結構言えることなのだ。

こうしてできた盤についてはみなさんのご意見ご感想を、たくさんいただきたいところだ。今のところDJする方々からは、僕が若干不安に思っていた「変えなかったところ」に対して肯定的な感想をいただいている。一方で、聴き比べをした敦賀の方々からは「7インチは現場で楽しみたい時、COVERS 2003 は家で聴きたい時」という感想もいただいた。僕自身はというと、敦賀で聴いた時のレコードプレイヤーはとてもシンプルなものであったにも関わらず、7インチとCOVERS 2003との違いが結構思った通りだったので驚いた。その上で、作品というものを違う環境で聴いた時には必ず新しい発見がある。その「思い通り」と「意外」とのバランスこそが、何度やっても予測のつかない、難しく面白い点なのだ。

デジタルに関してはヴァイナルとは全く違う方向性で、2003 年のマスターの音を、極力忠実にマスター化することを目ざした。2003年というのは、DTMの流れの中では「微妙」な年代だ。カセットが宅録の中心機材だった1980年代や、現在アナログ機以上に使われていない「初期」デジタル機材による1990年代(当時は気づかれなかったが、今思うと音の良い機材がたくさんあった)の録音に比べれば十分現在に近づいているが、現在のようにUSB一本で繋げば思った通りのことができるほどパソコン環境は進んでなくて、「Mac博士くん」がネットに書き込む怪しくて細かい情報を探し回ることが必要だった、そんな時期。
その「微妙」さを伝えるため、きちんとしたマスタリングをしていただくことをあえてせず、ほぼ当時のファイルからのコピーをデジタルのマスターにした(それでも自分なりに、音楽的に必要だと思う調整はした)。それで、サブスクの中で他の楽曲との流れで聴くと若干音量が小さく感じられるかもしれない。「CD時代」のような「音圧競争」が意味をなくした今だからこそできる挑戦かもしれないと思っている。

最近若いミュージシャンの方々から、マスタリングについて尋ねられることがよくある。そもそもレコーディングやミックスと同列でマスタリングという作業をとらえること自体どうかと思うし、ヴァイナル盤の場合はマスタリング(カッティング)とプリマスタリング(デジタル同様、入稿する前の音を調整すること)とは違うというのもあるのだけど、一番思うことは、彼らは「プレビュー」できることが当たり前の環境でずっと音楽をやってきたのだなあということだ。

今ならば録音にしてもミックス・マスタリングにしても、録音した音は演奏した瞬間に、(ほぼ)録音した時のままの音で再生できる。テープレコーダーはそうではなくて、録音された音は録音中に聴いているものとは違うのが当たり前で、それがどんな感じであるか、テープを巻き戻して「再生」ボタンを押すまで分からない。レコードのカッティングも、我々にとっては一度カッティングをしてもらい、テストカット盤をプレイヤーにかけるまでどんな音になっているか分からない。その分からない部分を経験によって予測し、必要な調整をしてくださるのが本来の「エンジニア」さんのエンジニアたる部分だし、我々ミュージシャンの方も、演奏した音と再生される音の差をどう「予測」するか、というか、予測が合っても外れてもそれを作品として伝えてゆく腹の座り方が必要だった。演奏された音と再生される音の差を縮めるためにたくさんの努力が払われ、それが今のレコーディング環境に結実しているのだけど、僕はそもそも、純粋な「演奏したそのままの音」というものがあるのか、あってもそれにどんな価値があるのかよく分からないし、むしろ演奏したままの音と再生される音の「差」の部分から見えてくる、演奏者やエンジニアやレーベルスタッフや音楽ファンの時々の好み・気持ちにこそ音楽の面白さがあると思っている。それがなければモータウンもスタジオ・ワンも存在しなかったはずだから。その差を「予測」しながら、演奏→録音→再生→次の演奏…のサイクルをしりとりのように進めてゆくのが僕の好きな音楽の作り方で、最初から最後まで「自分の思う通り」に進めることが一番という考え方とは違うし、「思い通り」に作ることをサポートしてくれるツールにはあまり興味がないかもしれない。

とにかく、ヴァイナルのマスタリングにおいては、DTMプラグインのように自分が変えたいと思ったポイントだけが変わることはありえなくて、しかもそれは基本的には「再生」してみなければ分からないということは押さえておいていいと思う。物理的に針で盤を刻むという作業から出てくる音は、「レコードの音ってアナログでいい感じですねー」などと言った「アナログ」の印象よりもはるかに幅広く、乱暴で、面白い。僕なりの表現で言わせていただくと、流れる時間の感じがまるで違う。ポータブルなプレイヤー、よく調整されたオーディオ、よく調整されてないオーディオ、クラブの大音響、周りの音に消されそうな少音量、環境によって聴こえる音は違っても、良いマスタリングの施されたレコードは、どんな環境でも音楽の伝わるポイントがなくならない。どんな環境でも同じようなスペックで音が出るストリーミングプラットフォームのためのマスタリングはまたそれとは違っていて、そこにはまた別の挑戦もある。それを良いものにしてゆくのに、演奏の場合にもまして、聴く方々の感想が、しかもそれが思いもよらないものであればあるほど、次の作品に活きてくる。みなさまのご意見・ご感想を、常にお待ちしております。


発見された 2003 年当時のマスターテープ

2023.10.11 Wed

エマーソン北村 COVERS 2003 がリリースされました

リリースインフォメーション(ウエブサイト)
https://www.emersonkitamura.com/solo/
release information (website)
https://www.emersonkitamura.com/solo/2023/08/792/

ヴァイナルお取扱店リスト
https://www.emersonkitamura.com/solo/2023/10/807/

デジタル (linkfire)
https://ultravybe.lnk.to/covers2003

bandcamp
https://emersonkitamura.bandcamp.com/album/covers-2003

オフィシャルトレイラー
https://youtu.be/FsUpXOq7pBY

このウェブサイト「Columns」に書いている、COVERS 2003についてのセルフコメント
https://www.emersonkitamura.com/column/2023/09/1019/

まず最初に、オリジナル音源である2003年にリリースされた7インチを買ってくださった皆さんに感謝します。また二十年前、この7インチをきっかけとして僕を初めてライブに呼んでくれた方が何人かいて、その多くは今でも、ライブに呼んでくれてはいろんな話を聞かせてくれます。このお付き合いは何にも代えがたいもので、一番に感謝しています。7インチを持っている方の多くは、自分のコレクションの希少価値が下がるにもかかわらず、COVERS 2003のリリースに対して好意的な反応をしてくれました。 これもありがたいことです。そしてオリジナル音源の再リリースを認めてくれた Small Circle of Friends と当時のスタッフ、今回のリリースに関わったデザイナー、カッティングエンジニア、ディストリビューションスタッフの皆様に感謝します。

来週は二日間に渡ってリリースイベントを行います。ぜひいらしてください!

エマーソン北村 COVERS 2003
リリースイベント 2Days
2023年10月18~19日
Day 1: ライブ at 下北沢 LIVEHAUS
https://forms.gle/zeSBoYhC2BdjJquv5
Day 2: アーティストトーク at 神泉 JULY TREE
https://forms.gle/F6RtMQvC8TFgECxeA

2023.10.10 Tue

COVERS 2003(5)足鍵盤のオルガンについて

キーボードプレイヤーが一度に使う楽器の物量は以前に比べてすいぶん減った。電車の中などで、ギタリストと同じような姿でキーボードを背負っている高校生などを見かけると、なるほどと思う一方、自分がかつて「キーボード・マガジン」などで楽器の軽量化を主張したにもかかわらず、なんだか彼らの負担で効率化だけが進んでいるような感じもして、「本当にこれで良かったのかな」ともちょっと思ってしまう。

とはいえ、ライブの場などで何台かのキーボードを使い分けるケースは今でも多い。曲中で音色の違うパートを弾き分けるには、その分の数の鍵盤を揃えることがいちばん分かりやすいからだ。その場合、僕は「使われる何台かの楽器が、全体としてひとつの楽器として聴こえる」ように、注意してバランスをコントロールしている。これはキーボード奏者の中では特殊な方かもしれなくて、多くの人は、鍵盤のひとつひとつを良いバランスで弾くことには気をつけるけど、各々の楽器のバンド全体におけるバランスはそれを整えるべき人におまかせ、というやり方をとっているようだ(いや、よく分からない。こんな重要ことが、ミュージシャンという者には意外とわからない)。

僕が複数の楽器を全体でひとつの楽器ととらえる理由はいくつかあって、すべてのキーボードが別々のバランスを取ることですべての場面ではっきり聴こえるようになるよりも、一人の演奏する楽器群としてダイナミクスが一つにまとまることで、他の奏者の演奏と一緒になった時に、聴こえる時は聴こえ、埋もれる時は埋もれるようになった方が、バンド(のその日のショウ)全体のダイナミクスがより「リアル」になるのではと考えているのがその第一なのだけど、もっと背景的なことを言えば、僕がキーボード奏者として、ピアノではなくオルガン(電子オルガン)をルーツに持っていることがあると思う。

オルガンは、鍵盤が三段揃った状態が正式で、それぞれアッパー/ロワー/ペダルと呼ばれる。ペダルはいわゆる足鍵盤。なぜピアノは一段なのにオルガンは三段も必要なのかというと、オルガンは鍵盤を押さえただけでは音量も音色も変化がないので、例えばピアノではコードとメロディを同時に弾くときはタッチの変化でそれぞれに合った音量音色を表現するけど、オルガンではあらかじめメロディ用とコード用に作った音色を別々の鍵盤に振り分けておくことでしかそのバランスを表現できないから。それぞれの音色はオルガンの内部でひとつにまとめられてスピーカーなどに送られる。鍵盤がいくつあってもそれらは一つの楽器としてダイナミクスをコントロールするために使われる。これがオルガンの考え方で、その考え方を数台のキーボードに対しても拡げたのが、僕の発想のもとになっている。このことはあまり指摘されたことはないのだけど、唯一、UKのマンチェスターで mmm with エマーソンのライブを行った時、お客さんから「あなたのキーボードプレイはシンセを使っているけど、オルガンが基本ですよね」と正しく指摘された。さすがマンチェスター、音楽わかってる。

そんなわけで、僕は足鍵盤も普通に弾く。よく「足で鍵盤なんてすごいですねー」と言っていただくのだけど、僕にとっては自転車に乗るような感覚で、すごいことをやっている感じはない。ただよく誤解されるのだけど、足鍵盤は「ベース」とは違う。たぶんこの誤解はいわゆるオルガンジャズ、ベーシストがおらずオルガン奏者が低音の4ビートを弾きながらアドリブもする音楽をレコードで聴くことから始まったと思うのだけど、実はあれば足でなく、左手で弾いている場合がほとんどだ。ポピュラー音楽のオルガンにおいて足鍵盤が多く使われるのはそのような場面ではなく、例えば米国の野球場やスケート場で演奏されるようなイメージの、フルバンドを雇う余裕のないBGMとか、あるいはなんていうか、ちょっと演芸の雰囲気を伴った演奏(ほら、こんなにたくさんの鍵盤を弾いとります。足も使ってます!)など、「純粋じゃない音楽」の雰囲気がある。そしてそういう音楽、僕は結構嫌いじゃない。

そんな欧米のオルガン軽音楽における足鍵盤が「ベース」の代わりであると思われるようになったもう一つの理由は、日本独自のものである、電子オルガン教室にあると思う。僕も通ってました。足鍵盤をベース、下鍵盤をコードバッキング、上鍵盤をメロディとそれぞれバンドアレンジのパートに対応させる発想は、はっきりと「エレクトーン教室」のものだ。「エマソロ」のスタイルはある意味、そこで習ったことを教室の外の音楽へありえないほど拡げた結果であり、素直も度をこせば変わったものになってしまうということの見本なのかもしれない。(脱線ついでに、子供の時の少し恥ずかしい思い出でしかなかったヤマハ音楽教室については、音楽史・産業史の観点から客観的な研究がされているということを最近知って、「外からの」音楽の受容の過程という意味で自分の中に改めて置き場所ができる感じがした。いずれまた詳しく)

足鍵盤を弾いていて唯一難しいのは、レゲエのベースラインのような早いフレーズが弾けないことだ(当たり前だ)。そして自分にとってベースの動きというのは、アレンジの中で最も大事なものだ。COVERS 2003のレゲエ曲では、足鍵盤は「省略ヴァージョン」のベースラインを弾いていて、その残念さが以降のエマソロではベースラインを左手で弾くスタイルを増やした理由となった。しかしそうするとレコーディングではダビングを多用せざるを得ず、COVERS 2003のようなライブ録音(ライブショウではなく、いわゆる一発録りのこと)のシンプルさは減ってくる。ここがエマソロの悩みどころで、今でも解決法を誰かに教えてほしいと思っている。

2023.10.04 Wed

COVERS 2003 bandcamp とウエブショップでの予約を始めました

bandcamp
https://emersonkitamura.bandcamp.com/album/covers-2003
デジタル・ヴァイナルアルバムの Pre-order が可能です。

エマーソン北村ウエブショップ(BASE)
https://emkitamura.thebase.in/

現在、業務が立て込んでおります。申し訳ありませんが、ヴァイナルの発送はリリース日から二週間程度かかる可能性もございます。

全国のレコード店さんとそのオンラインショップでも予約を受け付けています。当方で把握しているお取り扱い店のリストはこちらにあります。合わせてよろしくお願いします。

2023.09.26 Tue

COVERS 2003(4)カヴァーを録音するということ

COVERS 2003 は全曲がカヴァーです。その理由は、当時それほどオリジナル曲を作っていなかったというのもありますが、やはり第一に、Jackie Mittoo を始めとするレゲエ・ロックステディのインスト(器楽演奏)の多くがその時代に流行った曲のカヴァーで、その「味」が僕にとっては何とも言えない良いものだからです。この好みだけは何年経っても変わりませんね。

ただし、僕の録音はストレートにロックステディインストをやっているわけではありません。6曲中の2曲は直接 Jackie Mittoo のカヴァーですが、それらを含めてどの曲もさまざまな要素、僕がその曲を録音するにあたってあちこち「想像の寄り道」をしたことが反映されています。ロックステディのミュージシャン達の作った音楽スタイルを尊敬してその鍵となる部分を押さえることは大事ですが、僕は、要素としてスタイルを踏襲すること以上に、彼らの音楽作りの姿勢そのものを尊敬して踏まえることの方が大事だと思ってます。彼らのカヴァーはコード付けも謎の部分があり、メロディも時に「うろ覚え」なんですが、それでなければ出せないグルーヴがあり、表したい気持ちがあります。それを単にキッチュなスタイルとしてマニアックに楽しむのか、それとも今ここで暮らしている我々の気持ちに訴える音楽作りに活かすのか、ミュージシャンとしての姿勢が大いに問われるポイントです。当然僕は後者をめざしていて、カヴァー曲のアレンジが、他人の知らない音楽知識の引き出しを誇示するようなものになるのは最悪だと思っています。

しかしながら、古今東西の音楽情報とその価値基準(リファレンス)にまみれて暮らしている今の我々ミュージシャンにとって、いくら Jackie Mittoo が “Theme from a Summer Place” を学校のピアノで弾いた瞬間のような気持ちになりたいと思っても(僕は本当に、真剣にその気持ちになりたいです)、今スタジオで同じアレンジで “Theme from a Summer Place” をやればそうなれるという訳もなく、ではどうしたらいいのか……というところから、「想像の寄り道」が始まるのです。

そんな「寄り道」ぐあいは時に、オリジナル曲よりもカヴァー曲の方がより分かりやすく現れるかもしれません。何と言ってもオリジナル曲には「自分が作った」という意識が重くのしかかっているので、それによって「寄り道」は見えづらくなっている場合があるからです。その意味ではカヴァー曲というものには、オリジナル曲よりもより「純粋に」音楽が表現されているのかも知れません。しかしそのことは、オリジナル曲を作ることの価値を下げるものでは全くないと思います。そもそも僕は、音楽に「絶対的な純粋さ」みたいなものをあまり求めません。今日これを言っておかないと自分がおかしくなりそうだからこんな曲ができちゃったというようなものは、いくら自意識にまみれていようと、「純粋」でなかろうと、かけがえのない音楽だと思っています。ようはそれをどう形にするか、人に伝えるかということが、ミュージシャンとして仕事をする上で最も大事なポイントになってくるのです。

2023.09.20 Wed

COVERS 2003(3)再リリースの意味

(前回からの続き)ひとつには、自分のバンド歴は常に「タイミングを外して」きたことの連続だったという思いがあります。’80年代の初頭から音楽ファンとしてレゲエやダブ、ニューウエーブに代表されるいろんなものがミックスされた音楽に浸って、その結果 JAGATARA や MUTE BEAT に参加したのですが、その時すでにそれらのバンドは数年の活動歴を持っていて、’90年代に入ってまもなくその活動を終えてしまいます。その二〜三年後、僕がライブハウスのスタッフとして全然自分の時間を持てない生活をしていた頃、僕が’80年代に浸っていた音楽は突如(と僕には思えた)、ヒップホップやダンスホールレゲエやスピリチュアルな「4つ打ち」、要するにクラブミュージックとして再び僕の前に現れ、さらにはそれをバンド演奏に取り入れる、年齢的には僕と同じくらいの仲間達が続々と生まれてきました。しかしその時……諸手をあげてそれらの動きに飛び込むには、僕はどうしても「それは既に一度やったこと」という意識から離れられなかったのです。結果的に、’90年代の「新しい」音楽にくみしながら、その「新しさ」の価値を、心から信じていたわけではなかったのかもしれません

’90年代の中盤〜末の音楽シーンにおける「新しい」ということの価値の大きさ、そのキラキラ感は、どんなに人の知らないことをやっても必ずそのリファレンスを見つけることが可能になってしまうような、現在の音楽を作る人が取り囲まれている状況からは、ちょっと想像できないものがあると思います。その中で僕が持っていた小さな違和感は、少なくとも自分にとっては、その後のエマソロを始める原動力のひとつになっているような気がします。そして COVERS 2003 に収録されている音源は、ちょうどその転換点あたりに録音されたのです。当時そんな意識は、ほとんどありませんでしたが。

もうひとつだけ言っておきたいのは、めちゃめちゃ普通な感想ですが、この音源、シンプルで良いんですよね。この録音が「ライブ」(いわゆる一発録り)で演奏されているということだけでなく、発想からアレンジから楽器から、それまでのバンド演奏では体験したことのない制約を感じながらやりたいことを落とし込んでいる、ある意味での切迫感が、そのシンプルさを支えていると思います。この音源の十年後に「遠近(おちこち)に」に始まるオリジナル曲中心のアルバムを作って、その時もまた別の切迫感があったんですが、今回 COVERS 2003 として収録されたトラックを聴くと、やはり普通にシンプルでいいなあと思うんです。そのへんを自分できれいに整理するのは、いつまで経っても難しいですね。

2023.09.17 Sun

COVERS 2003(2)オリジナルリリースについて

COVERS 2003 のオリジナルリリースである3枚の7インチシングルは、2003年の9月から11月にかけて、Small Circle of Friends のレーベルである basque から発売されました。魅力的な二人組である Small Circle of Friends は、当時僕がサポートしていた Hicksville やその周辺のバンド・ミュージシャンと一緒に「Holiday」というイベントを行っていて、都内だけでなく大阪にもツアーしました。心斎橋(!!)のクラブクアトロでイベントを行って、確か僕はライブの他にも開場時にオルガンによるBGM演奏をしたと思います。当然ながら今でも活発にライブやリリースを行っている彼らの活動にも、ぜひご注目ください。

この7インチシリーズを出した頃は、クラブミュージックというくくりでDJやトラックメイカーから提示される音楽が「新しい」ものとしてバンドシーンにも力を与える、という’90年代からの流れが、それまでに比べても一層拡がった頃だったと思います。しかしながら、COVERS 2003 に収録された=当時発売された7インチの曲たちに、当時の「先端」感はあまりないです。サンプリングもなく、エッジの効いた音作りもなく、リリース時点で「エマーソン北村」に期待されたと思われるサウンドよりは、ずいぶんパーソナルで、ざっくり言って「地味な」印象だったのではないかと思います。もちろん当時から、こういうサウンドを「ローファイ」な「質感」として特徴づける言い方もありましたが、それを狙って作っているのでないことは聴いていただければわかると思います。

当時の「先端」を目指して作られた曲たちだったら、今回 COVERS 2003 としてリリースされるにあたってもっと「古さ」を感じたかもしれないんですが、この数ヶ月リリースのために繰り返し音源を聴いていても、二十年前ではなくて数ヶ月前の録音と錯覚してしまう瞬間があるくらい、その辺はあやふやです。それを「オールタイム楽しめる良い音楽」と感じるか「時代感のない、つまらない音楽」と評価するかは聴く人それぞれで良いと思うのですが、なぜ僕の作るトラックはそうなるのか、自分なりに考えてみました。

今回の音源に限ったことでないのですが、僕の作る音楽には、常に「新しい・外からの音楽要素」と「自分自身の内にあるもの」との間の距離感というか、距離を測りたくて測れないような違和感が、常にあると思います。もっと簡単に言うと、「こういう風にやりたい!」と思う気持ちと「自分はなぜこうやりたいのか」という引っかかりとが常にせめぎ合ってしまう、ということです。

それにはいろんな理由があって、また機会があればもっと考えてみたいですが……(続く)

2023.09.14 Thu

COVERS 2003 について(1)2003年について

2023年10月11日(水)にリリースされる 僕の COVERS 2003 について、リリース日までの間、思いついたことを書いていこうと思います。試聴や購入の参考にしたり、聴いてからこれを読んでさらに楽しんでいただけたら。

まず、今回のカヴァー集を作った2003年ころ、僕は何をしていたかです。この時まだ「エマソロ」という言葉はありませんでした。これ以前にもエマーソン北村名義の一人録音音源はいくつかあるのですが、自分で曲を書き、制作からライブまでひとつの意思をもって進めるという意味での「ソロ活動」は、この時点では行っていませんでした。
「ミュージシャン」としてのエマーソン北村にはふたつの活動があって、ひとつは「エマソロ」やコラボ、つまり曲作りからリリースまで関わって進めるいわゆるアーティスト活動。それから、他の方の曲にキーボードで参加したりアレンジやプロデュースをする、通常の意味でのミュージシャンとしての活動。僕にとっては、割く時間のバランスはその時によっていろいろでも、このふたつはどちらがメインということなく、あくまで両方で「エマーソン北村」の活動をなしていると思っています。

COVERS 2003に収録された音源を作った2002~2003年頃は、今と比べれば他の方とセッションをする時間の方が圧倒的に多く、自分で曲を作るということもあまりなかったのですが、たまたま2002年に、後のエマソロにつながるような音楽の作り方と、他のアーティストの活動とが交差するようなできごとがありました。そのひとつは EGO-WRAPPIN’ のアルバム「Night Food」に、エゴのお二人と僕だけで演奏した「5月のクローバー」が収録されたこと。それから、UKのアーティストHERBERTのリミックスEPに(僕の場合はリミックスではなく再構築というか、要するにカヴァーですが)参加したことです。これらのトラックで僕は、今回のCOVERS 2003と同様、足鍵盤付きのオルガンとTR-808とで「一発録り」を行っています(そもそもなぜこのスタイルなのかということも、おいおい書きたいです)。

そんな流れが背景としてあって、翌2003年に「ソロ」の7インチを作ろうというお話が浮上してきました。次回はその、今回の収録トラックのオリジナルリリースである7インチについてです。

HERBERT “addiction” EP のステッカー。自分用の書き込みあり。

2023.08.01 Tue

リリースのお知らせ: COVERS 2003 を 10月11日に発売します

2023.01.16 Mon

2023年のはじまり、ライブ予定や参加作情報、ソロ情報を更新しました。